今回のこの「Oji公演」は、オレの中でも非常に感慨深いものとなった。正に闘いの日々であった!
この公演の主役「東本敏雄」を演じ、ラインプロデュースという裏方の中心を務めた藤原寿之氏は、不思議な人間的魅力を持った人物で、オレも今回はさすがに彼には感服した。オレがこの公演を乗り切れたのも、藤原氏のおかげと言っても過言ではない。
人間、勝負を賭ける瞬間というのが必ずあるとオレは思う。オレは前回公演の「アンドレ」という役に、あの瞬間は、自分の勝負を賭けていた。それが果たして他の方々にはどう映ったかは分からないが、勝負を賭けている人間の“決意”というものが、どれほど壮大なものか…オレにも分かる。
藤原氏も、時には悩み、時には怒り、時には泣き、時には笑い、時には喜び、それはそれは目まぐるしく日々を過ごしているようだった。オレも正直、自分の事で手一杯で、内心カリカリしたり、グチったりしていた事もあったが、藤原氏を見ていると「オレも甘えてらんねぇな」と思えたものだ。
人間、勝負を賭けるという事は、それは大変重大なオオゴトであり、何かを犠牲にしてまでも、それを成し遂げる姿勢は素晴らしいと改めて感じた次第である!
オレも勿論、役者として成長したいという夢がある!そしてそれに人生を賭けている!
いつ何時も、人生を賭けるオオゴトを忘れずに生きていきたいものだ。それが真の人間的魅力であり、役者としての成長に繋がると、オレは信じている。
- 2007/09/19(水) 03:10:30|
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オレ自身の今の自分を賭けた公演、『Aくん/帝音・Double Feature公演』が幕を閉じた!!
オレは久々に安藤れい子こと“アンドレ”と対面し、彼女の強さや弱さ、信念や悩みを感じ、彼女もまた、自分自身との闘いに生きた日々を、オレは魂の底から感じた。
それでもやはりアンドレは、オレの前で大きく君臨していた。その存在は果てしなくデカく、彼女の魅力は限りなく深かった。
オレは果たして、そんなアンドレにどれだけ語りかける事が出来たのだろうか?
アンドレにとって、重要な存在、要である人物は、当然『桜井誠人』である。
桜井は飄々としていながら、アンドレにはない強さを持っている。それを知ってか知らずか、桜井は不思議なまでにナンバー2の位置を自然にこなしている。なかなか出来るこっちゃない!
アンドレの桜井に対する想いは、人生経験の浅いオレには、まだまだ表現しきれないのが非常に悔しい。そして桜井の“弱さ”を…桜井に対する情を…アンドレ自身、これからどんな風に受け止め、紡いでいくのだろうか。
息子、厚司。それはかけがえのないアンドレの分身だ。だがそんな息子の本当の悲しさに気付かなかった母、アンドレは、自分のすべてを呪ったであろう。
しかし、それでも彼女はきっと負けない。そう信じたい。
真実の友情とは、何か。桜井に対する友情は、アンドレの人生において、最高のものだったに違いない。
そして彼女の人生は今も続いている。桜井への友情も、厚司への愛情も、オレの心の中で、決して色あせる事のない、大切な宝物だ。
安藤れい子こと、通称“アンドレ”。彼女を越えることは多分一生出来ない。だが、オレなくして彼女は存在し得ないのだと、オレはずっとアンドレ自身に伝え続けていくであろう。
そして、彼女と出会えた事が、役者人生の中で一番の幸福であったと、オレは自負している。
- 2007/04/04(水) 03:48:41|
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実はオレは大の皇室好きである!!
美智子さまや雅子さまの追っ掛けはしないまでも、いつもTVでやる『皇室特集』を心待ちにしている!
オレにとって、皇室の風景や皇室の人達の映像は、なぜか“癒し”の部分にピッタリはまり込む。常に厭味な部分の全くない優雅な雰囲気で現れ、かと言えば、気さくな笑顔で優しく、いつも暖かい人柄に感じ入る。勿論、我々平民と比べればお金持ちではあるだろうが、私生活は実に質素で慎ましやかな暮らしをしているのが分かる。
今年、紀子さまが男の子を出産した事で、皇室典範が非常に揺れている。御世継ぎ問題は大事なのかもしれないが、そんな事でガタガタ揉める政治家達が、本当に浅ましく見える。
かく言う昭和天皇も(今の天皇のお父さんだか)、やはりずっと長い間、男子の誕生には恵まれなかった。生まれたお子様は4人続けて女子、もう誰もが男子の誕生を諦め、危機感を感じた皇室官僚達が昭和天皇に対し、「側室」を取るよう強く勧めた。
だが、昭和天皇はそれを強行に拒んだ。「私には良子(ナガコ)皇后しかいない」と、きっぱりと側室を拒否した。結婚する時にも昭和天皇は「良子と結婚出来なければ、私は他の誰とも結婚はしない」と断言したそうだ。
オレはこれまで昭和天皇に対して、決して良い印象を抱いてはいなかった。やはりその根底には《戦争責任》という、大きな黒い影が覆い被さっているからだ。
だが、このエピソードを知ったのをきっかけに、昭和天皇に対する印象が大きく変わった。しかも昭和天皇は、それまであった閉鎖的な天皇家に斬新な改革をいくつも施し、二千年の歴史を打ち破るような大革命を起こした、実に凡人ならざる優れた人格と行動力のある人物だったのである。
まず、明治の時代まであった『側室制度』のすべてを廃止した。それまでは、皇室の奥座敷には、何十人という未婚女性がずらーっと控えていて、まるで『大奥』さながらに女性を自由に選んでいたのだそうだ。
『側室制度』を廃止したのをきっかけに、皇室で働く女性をすべて『通勤制』にした。
これまで皇室に勤める事が出来た女性は、良い家柄の未婚女性のみ、しかも完全住み込み制だった。しかし昭和天皇は、家柄は一切問わず、才能と人間性を重視し、一般から広く公募した。そして既婚未婚関係なく、すべての女性を『通勤制』にしたのだ。
更に「自分達の子供を自分達の手で育てる」という、これまでの皇室では考えられない“家族”というものを実現させたのも、実は昭和天皇が最初なのだ。
昭和天皇は自分の両親、つまり大正天皇と皇后とは、ほとんど一緒に過ごした事はなく、兄弟とも引き離され、ずっと乳母や皇室の教育係に育てられた。たまに会う事が出来る大正天皇には常に畏怖の念を感じ、家族の愛情とは全く無縁の子供時代を過ごした。
それが昭和天皇にとっては、とてつもなく寂しく悲しい事だったのだろう。
そして大正天皇には、常に何人もの側室がいて、若き日の昭和天皇は、それを見て非常に疑問を感じていたそうだ。「自分にとって生涯女性は一人」と心に誓い、良子皇后と共に、皇室にとっては前例のない“家族”というものを、自らの力で勝ち取り、築き上げて来たのだ。
だがそんな昭和天皇のすべてを崩し去る、大きな事態が起きた。第二次世界大戦だ。
オレは戦争の事は良くは知らないが、それは深く深く日本国民を傷付け、深く深く昭和天皇の心をも傷付けたのだろう。
あれだけ家族を大事にし、家族で過ごすことに意義を主張した昭和天皇だが、息子、今の平成天皇とは一緒には暮らさなかった。
平成天皇は幼い頃、集団疎開を経験しているが、戦争が終わり、天皇家に帰ってきてからも、昭和天皇と暮らす事はなかったという。
平成天皇には外国人の女性家庭教師がいた。この人が実に素晴らしい人だったらしく、父と息子が一緒に暮らさない事に非常に疑問を持って、ある時、昭和天皇に対し「なぜ皇太子殿下と一緒に暮らしてあげないのですか」と強く訴えた。
すると昭和天皇は悲しい表情で一言、「私は戦争を回避する事が出来ませんでした。だからそんな私が息子と一緒に暮らす資格はないのですよ」と、答えたそうだ。
オレの記憶にある昭和天皇とは、すでにヨボヨボのお爺さんで、なんだか頼りない天皇という印象でしかなかった。だが本当は、古い伝統に凝り固まった天皇家にいくつものメスを入れ、果敢に挑み、正に“革命”を起こした風雲児であったのだ。
勿論、これまでの歴史にも常にたくさんの革命があるが、大小を問わず“革命”というものは、とてつもない勇気と行動する信念とが必要となるものだ。
自分一人の中ででも革命を起こすというのは重大事項なのに、それを体制が確立された集団の中で起こすとなったら、それは大変なことだろう。
その革命が正しいか、間違ってるか、それはその時には答えは出ないのかもしれない。だがそれまでのやり方だけを保守的に続けても、現状維持以外、何にも生まれはしない。革命なくして未来につながる“成功”はあるのだろうか?
革命を起こすことによって、傷付く人がいるのも事実だろう。だが、最も傷付くリスクを追うのは、やはり革命を起こした本人であり、そのすべてにおいて責任を追う、その覚悟を背負うことなのだ。並大抵の覚悟ではやれないはずだ。
しかし、諦めてしまったら、自らの信念をすべて失う事になる。
皇室は今、「開かれた皇室」と言われている。皇太子殿下や雅子さま愛子さま一家が、気楽に過ごす映像や写真を見ると、非常に心が和む。
皇太子殿下も自分の主張をしっかりと持ち、人柄も温和でしかも気丈な、信頼出来る人物に見受けられる。オレ等が今後生きていく次世代の天皇としては、かなり良い人物だ!
だが、今のそんな「開かれた皇室」の礎を築いたのは、他ならない昭和天皇の“改革”と“革命”なのだ。
千代田区にある皇居は、一部一般にも公開されている。その庭園には四季の木々や花が集められていて、とても素敵な場所、正に都会のオアシスらしい!
皇居はかつて江戸幕府があった場所でもある。幕末好きでもあるオレは、そんな思いも馳せながら、暖かい季節になったら今度こそ皇居に足を運び、心身共にゆっくり癒されに行こうと思っている。
- 2006/12/23(土) 14:45:15|
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先月、スマステーションで『松田優作特集』をやっていた。ビデオに録画しておいたのだが、公演直前で無論観る暇もなく、そのまま忘れていた。昨日になり、偶然再生したテープに録画してあった事に気付き、オン・エアから一ヶ月遅れで、ようやく観るに至った。
オレは決して“松田優作”の事を色々と語れる程、フリークという訳ではない。真の松田優作マニアのように、すべての作品を網羅して観ている訳でもない。
それでも、Gパン刑事の「なんじゃこりゃ!」はもちろん印象深いし、『蘇る金狼』や『家族ゲーム』は凄い衝撃だったし、『探偵物語』には当然ハマって、再放送も3回くらいは観た!家でよく、兄貴と二人で「工藤ちゃんごっこ」をして、意味もなくライターの火を最大火力にしたり、コーヒーを自己流にブレンドしたり(笑)街中でたまにベスパを見掛けたりすると、「おっ!」と思ったり。まぁそんな程度であった。
スマステーションを観て、11/6が松田優作の命日である事を改めて知った。今でも松田優作が死んだ時の衝撃は忘れない。
オレはその日、まだ自室のベットで寝ていた。すると普段は温厚な兄貴が、凄い勢いでドアを開けて入ってきて、オレは容赦なく叩き起こされた。そして兄貴は一言こう言った。「松田優作が死んだ」
オレは半分寝呆けながら「え?ウソ?マジで!?」と、それだけ言うと、またすぐに寝入ってしまった。しばらくして自然に目が覚めて起きると「なんか、松田優作が死んだ夢見たな〜」と漠然と思っていた。たがそのすぐ後でそれが現実であった事を知ると、「夢じゃなかったのか!」と再び衝撃を受けたものだ。
オレが本当に松田優作を好きになったきっかけは、松田優作初監督作品『ア・ホーマンス』である。
スマステーションでも言っていたが、この『ア・ホーマンス』はあまり評価が良くなかったらしい。確かにこの映画が当時ヒットしたという記憶はない。マニアの間でも賛否両論のようだ。
だがオレはこの映画が好きだ!松田優作扮する、名前もない無口な殺人マシーンと、石橋凌扮する、影のあるヤクザとの、微妙な関係と心の交流を描いた異色なストーリーだ。
劇中、松田優作の台詞は少ない。すべての相対する人間に対し無表情無感情であるのに、石橋凌に対してだけは、真っ直ぐに熱のこもった眼差しを向ける。自分でもよく理解できないその感情(マシーンなので、正確には感情とは言えないかもしれないが)を感じたのをきっかけに、自分は何者なのか…悩んでいく。そして答えの出ないまま、石橋凌の為に闘っていく。
車の後部座席で二人ががっちりと手を組む、今生の別れとなるシーン…オレは息を飲む程に魂が揺れた。
この感情は決して始めからプログラミングしてあったものではない。特別な人との出会いとは、たとえ機械であっても、生まれるはずのない“感情”というモノが生まれる重大事項なのだ。
そんな微妙な想いを、松田優作は抑えた演技と表情で魅力的に演じている。
『ブラック・レイン』の凄さは、勿論もう言うまでもないが、正に「今も生きていて欲しかった…」と悔やまれる。
久しぶりに『松田優作特集』を観て、そんな熱い気持ちになった。オレも観客をそんな熱い気持ちにさせる役者になりたいと、それを目指し続けていきたいと、フツフツとそんな想いが湧いてきた。人間である以上、人間に対する感情を何よりも大切にしてこそ、あんな表情も生まれてくるのだろう。
- 2006/12/06(水) 10:50:53|
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『レザボア・ドッグス』
この映画はオレにとって、ハリウッド映画の中でも3本の指に入る、クェンティン・タランティーノの最高傑作だ!
今でこそ『レザボア・ドッグス』のファンは以外と多いと思うのだが、オレがこの映画と出会った頃、この映画を知ってる人はほとんどおらず、オレの周りでクェンティン・タランティーノを知ってたのは西村さん只一人であったのを覚えている。
まずオープニングのレストランでのシーンは正に神業!!始まって5分で、この映画の虜になるのは必然。これから銀行強盗をやろうという男達のたたみかけるようなくだらない会話が、観る者の興味をググーッ!と惹き付ける。そして、タイトルロールに行くまでのあの音楽と、黒いスーツに身を固めた男達のカッコ良さ!!言葉にならない。
だがオレがこの映画に夢中になった訳は、Mr.オレンジを演じるティム・ロスのあまりの魅力に唸ったからに他ならない!ティム・ロスなしでは、決して『レザボア・ドッグス』は最高傑作には成り得ないのである!!!!!役者の力はデカい!!!!!
それまではあまり喋らず、腹を打たれて死にそうになってるティム・ロスが、ストーリーの中で始まる“Mr.オレンジの章”で、途端にその魅力が連打される!!
本当は刑事であるオレンジが、組織内に潜入し、相手のボスを信用させる為に、でっちあげのヤク取引の小話を必死に話すシーンがある。表情、話術、動き、その一つ一つのすべてが、五感をグッと高鳴らせる!!
他の登場人物も皆、魅力的な男達だ。銀行強盗をやらかすような極悪非道な奴らのはずが、全員が一癖あり個性溢れるヤツなのだ!
そんな中で、この物語をより納得させるのに重要なのは、“ナイス・ガイ”エディの存在だ。
“ナイス・ガイ”エディは組織のボスの息子だ。こういった映画やアメリカのドラマに出でくる、組織の大ボスの息子は、たいていが親の金と権力をカサに放蕩の限りを尽くすバカ息子と相場が決まっている。だが、この“ナイス・ガイ”エディは、一見バカ息子っぽいが、実は頭が切れて、仲間からも一目置かれる、そんなマジメで味のある二代目なのだ。
いよいよラスト・シーン。最期まで自分を信じ続けてくれたMr.ホワイトに、真実を告げるMr.オレンジ。息を飲むほどに切ない…正義と友情の狭間で、命を賭ける、真実の告白。そこに、『レザボア・ドッグス』のすべてが集約されている。
ちなみにこの映画は、『友は風の彼方に』という香港映画が元になっている。リメイクとまではいかないが、設定はだいたい同じ感じになっている。
Mr.オレンジの役はチョウ・ユンファが、Mr.ホワイトの役はダニー・リーが演じている。
『友は風の彼方に』の方は、この二人の間に友情が生まれる経緯が、もっと詳しく描かれている。アジトの部屋で深夜、二人きりで簡素なベットに並んで座り、お互いの思いを語り合ったりするシーンがある。映画の完成度としては『レザボア〜』の方が上だが、『友は〜』の方はストーリーをこの二人だけの友情に絞っている分、ラストの告白シーンは、『レザボア〜』を上回る切ない衝撃が走る。
友情には、時間や長さは関係ないのかもしれない。少なくとも、オレンジとホワイトの友情は、生まれてから数時間しか経っていないはずだ。だが感情は、何年もの長い付き合いであるボスのジョーをも、こいつの為なら殺せるという強いモノになっている。
相手も人間なら、こちらも人間だ。双方共に、それぞれの信念があり、どうにもならない事情を抱えているものだ。何があってもそれを崩す事は出来ない。しかし、いざとなったらそんな事情なんか知ったこっちゃない。自分が相手を理解する心があること。それが友情なのだ。
話は変わるが、オレが今、一番注目している最新映画は『マイアミ・バイス』だ!無論これは、ドン・ジョンソン主演の伝説の同名ドラマの映画バージョンだ。
オレの中では、タランティーノ映画の中で『レザボア〜』以外には、熱く語りたくなるような映画はない。しかし、この『マイアミ・バイス』の監督である、マイケル・マンが演出、もしくは製作総指揮したTVドラマには、決してハズレがない!
『マイアミ・バイス』のドラマシリーズを初め、すべての作品に、男の信念と友情を賭けた闘いが描かれているのだ!!
「結局、理屈じゃねぇんだ!!」って事ですな。特に友情に関してはね。
- 2006/09/04(月) 21:57:14|
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